背中合わせのスケルツォ 07

指輪にはめこまれた石がきらきらと輝くのをうっとり気味で見ていたのだけど、それどころじゃなかったと慌てて2階のあたしの部屋からリビングに降りてきてみれば、さっき部屋から逃げて行ったはずのエクルの姿が見当たらない。
もしかしたら外まで出て行ったのかもしれない。まぁたまにふらっと家出する猫だし、エクルは普通の猫とも違うから気にしない。

エクルはよくあたしにドアとか窓を開けさせるけど、実はドアも窓も鍵がかかっていたって自分で開けられるらしいのだ。見たことないからほんとか嘘か知らないけど。

ミネラルウォーターを飲もうと思ってキッチンの方に足を向けると、ダイニングテーブルの上にママの字で書かれた手紙が置いてあるのに気付いた。日本語の文章を考えるだけの頭の余裕はなかったのか、手紙は急ぎすぎて崩れたアルファベットで書き殴られていた。読めるけどちょっと汚いよママ。
そのメモ書きはとっても簡単な内容で『おばあちゃんと一緒に日本を出て、ちょっとパパのところに滞在してきます』だって。

あれ? 昨日までそんな予定だって話聞いてなかった気がするんだけど。あたしが教えてもらえてなかっただけかな。
予定のことよりもいくら国際線に乗るのには慣れてるからって、航空会社と出発時間を教えてくれてないことの方がどうかと思ったりする。別にこっちも慣れてるからいいけど。きっと空港でチェックインを終えた頃にはママが電話かメールをくれるはず。

「そうか、ひとりなんだ」
無意識の言葉が勝手に声になってしまった。 ここ2ヶ月くらいの間、毎日家に人がいるのが当たり前だったから、不意に1人にされるとちょっと寂しいかもしれない。
ひっそりとしているのがわびしい。なんか心細い。

落ち込んだ気分になりかけながら壁掛け時計を見ると、もう10時になろうとしていた。13時に待ち合わせてるから、移動時間も考えたら早くシャワーを浴びて着替えて出かけなくっちゃ!


シャワーを浴びてる間にママがメールをくれてたみたいで、メールが読めたのは移動の電車の中。ママには気をつけてねってメールを返したけど、もう飛行機は離陸してるから、ママがメールを読むのはたぶん12時間後くらい。いつも通りならパパと合流したところで電話してくれるはず。

ママのメールによると、今回はフランクフルトまではおばあちゃんと一緒で、ママだけそこから乗り換えてシャルル・ド・ゴール空港に向かうんだって。ママはパパに会いに行くのが目的だけどおばあちゃんは魔女の会合らしい。おばあちゃんがヴァルプルギスの夜のために行ってたドイツから帰ってきたのはつい最近だったのに、世界の魔女たちは何を目的に集まるって言うんだろう。

おばあちゃんとママの外出の理由もだけど、昨日からわからないことばっかりで嫌な感じ! 

昨日会ったジルベール様は、たぶんだけど魔女として正式にお迎えしなきゃいけない人で、それもエライ人。 エクルはジルベール様のことはおばあちゃんに聞けって言ってたけど、そのおばあちゃんは出かけちゃうし、エクルもあたしが家にいるうちには帰ってこなかった。
結局、誰にも昨日のことを聞けてないのが不満かも。それに、魔女とか魔力とかそういうことを誰でもいいからきちんと教えてほしい。それがわからないから無駄なくらい悶々としてるんだと思うんだよね。

そんなようなことを目的の駅に着くまでずっと、ママがくれたメールの文面をケータイのディスプレイに表示させたまま眉間にしわを寄せて考え込んでいた。

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