背中合わせのスケルツォ 04

ゆらゆらと身体が揺れる。頭はまだくらくらする。
周りが全部白くてまぶしい。まぶたを閉じているのに、真っ白に光っている。
吐き気はない。たぶん目が回ってるだけ。

あぁさっきなんか言われたっけ。
『開けたのはサラの鍵。でも自分の魔力で酔ったみたいだね』

ゆらゆらしていた身体がどこか柔らかい場所に下ろされたみたい。頭を置いてくれたクッションが心地よい。
ぺろりと頬を舐めたのはエクルだろうか。
二日酔いよりももっと気持ち悪い。でもいい加減にしなくちゃって、朝起きる時以上にゆっくりとまぶたを押し開いた。

やっぱり頬を舐めたのはエクルだった。
顔を覗き込んでたエクルが頬をペロリとまた舐めて「サラ、だいじょうぶ?」なんて言って慰めてくれた。エクルがこんなに優しいなんて、あたしどれだけ具合の悪い顔をしてるんだろう。

「大丈夫、起きれそう」
「寝てなよ。まだ翻弄されてる。それともまた僕とキスしてくれるの?」

真上から覗き込んでる顔をのことを脳が処理して理解するまで、たっぷり3秒はかかったと思う。
だって信じられない。さっき、あたしにディープキスしてきた男が、あたしのことを膝まくらしてるなんて!
焦って起き上がろうとしたのに、身体を押さえ込まれてソファーから起き上がれない。

「あ……あなた何してるの? 違う、あなた、あたしに何したの?」
「鍵を開けてあげたんだよ」
「か、鍵って何のこと?」
「君がかけてた君の鍵。あんなに甘くておいしいのに隠しておくなんてもったいない」

「サ、サラ!」
食ってかかるように言葉を紡いでいたあたしの上にエクルが乗っかってきた。全然重たくないけど。エクルはずいぶん焦った顔をしてる。そう、さっきもこの人のことをエライ人みたいに扱ってたっけ。
「お願いだからこれ以上失礼なことしないで、ジルベール様に謝って」

「ジルベール様?」
「ジルベール様!」

怪訝な声のあたしと、ママの驚いた声とが見事に重なった。ママと二人で雑談をしている時なら「ハッピーアイスクリーム」って言って、ママにアイスクリームを出してもらおうとしたくらいのハモり。

「シルヴィ、ひさしぶり。クロエはまだ?」
「お久しぶりです、ジルベール様。母はもうじき参りますわ。サラ、あなた納戸で掃除をしてたでしょう? どうしてここにいるの?」

ママに返事をしたいのに言葉が出てこない。真上を向かされていた頭を横にされて、室内が見えるようになる。今まで天井しか見えてなかったけど、今度はママの姿が見えた。
……んだけど、さっき掃除の話をした時はベージュをベースにしたチェック柄のコットンワンピースを着ていたはずのママが、チャコールグレーのツイードのワンピースに変わっていた。
てことは、この人って魔女としてお相手しなくちゃいけない人なの?

ママはあたしを膝に乗せたままで動けないジルベール様に近付いてきて、頬に挨拶のキスをしていた。
あぁそっちの文化圏の人なのね、とあたしもすっかり日本になじんじゃったのか、それを見てようやく気付く。だって日本人の挨拶ってフォーマルな場所だと基本的に握手だし、ハグだって仲のいい女の子同士くらいでしかしないんだもん。 挨拶のキスなんて論外。

「さぁお茶を持ってきましたよ。お久しぶりね、ジル。サラを膝の上に乗せてどうしたの?」
今度部屋に入ってきたのは手にティーポットとティーカップにお茶菓子を乗せたトレイを持ったおばあちゃん。 テーブルの上にトレイを置くと、ママと同じようにジルベール様に挨拶をする。でも、おばあちゃんはジルって呼んでた。ジルベール様って呼んでたママとエクルとは違うみたい。

「クロエ、君は相変わらずキュートなままだね。おかげでさっき、君とサラを間違えちゃったよ」
「私は今年で70ですよ。からかって遊ばないで」
仲良さそうなおばあちゃんとジルベール様。おばあちゃんに変わってお茶の準備をするママ。あたしの身体のそばをウロウロするエクル。何回も名前を呼ばれてるのに、ただ放置されてるあたし。見えない塊に身体ごと押さえ込まれて起き上がれないでいるあたしの髪の毛を「ジルベール様」の手が弄んでいるのを感じていた。
ほんとこの人なんなんだろう、よくわかんない。おばあちゃんが言ってるみたいに、あたしもからかって遊ばれてる気がする。

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