背中合わせのスケルツォ 03

いつまでぼうっとしていたんだろう。真っ白のもやはまばたき一つでさっと引いていった。
なんだろう、今のって白昼夢? 怖くなるくらい整った顔立ちの男の人が、あたしにキスし……ん? ……キスしてた、キスしてたよね?

あたしとは違うあたしがものすごく冷静に、サァっと血の気が引いて行くのを感じていた。
そりゃあ、あたしだって、もう大学を卒業する年だから、彼氏がいたことだってあるし、キスしたことだってある。お泊りでキス以上のことをしたこともあった。でもそれはちゃんとそういう関係にある人としてた訳で、見ず知らずの初対面の名前も知らない人と、なんだってあんなにディープなキスを交わしてたんだって話!

「どう、楽になった?」
キスされてた時に比べたら顔は離れたけど、普通に会話するには近すぎる。でもあたしの後ろには触っちゃいけない物が山盛りになっていて下がることも出来ない。
「クロエよりも甘い、かな。でもしつこくなくていいね」
ななな、なんでこの人、今度はこんなに機嫌良さそうに笑ってるの? ちょ、ちょっと、あの…誰か、誰か誰か誰か!!!!

「サラ? なんか突然魔力の匂いがしてきたんだけど余計なものに触ったりした?」
声がして、首だけで振り向いたらエクルがいた。助けてくれるならもうあたし猫でもいい、猫でもいいよ。

ドアのそばには黒猫エクル。窓に近い床に首だけ振り向いたあたし。あたしの身体の正面に謎の男。
エクルがあたしを見て、その後ろの男を見て、半歩くらい後ずさったのがわかった。
「ジ、ジルベールさま……あの、ここで何を……?」

「鍵かかってたから開けたんだけどまずかった? サラってこの子のこと? この子ってクロエの何?」
「クロエの娘のシルヴィの娘がサラです。鍵がかかってたっていうのはここへの魔方陣か何か……?」
エクルとジルベールなるこの人はどうやら顔見知りみたい。でもこの人の方がエライっぽい。ママのことだって呼び捨てにしてるエクルなのに。

「なんだ、シルヴィの娘か。どうりでクロエに似てると思った」
ふーんと言いながらまた顔が近付いてくる。
血の気も戻ってきたし、あたしもいい加減この妙な状況に慣れてきたから、当たり前のように近付いてきたのを押しのけようとしたんだけど、今度は頭がくらくらして動けない。貧血とも違う変な気分。さっきみたいに何かがじんわりと上がってきて、塊になって詰まりそう。
だめだ、きもちわるい。

「開けたのはサラの鍵。でも自分の魔力で酔ったみたいだね」

あたしの鍵? 自分の魔力? 魔女だから?
でもあたし呪文も知らないし、だから唱えられないし、空も飛べないし、魔法の薬も作れない。
出来るのは、魔女の黒猫エクルとのおしゃべり、それだけ。

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