Lunisolar 09「つむじから流れ落ちる幻想」

立て続けに色々と起こるものだから、噛み砕ききれなくて固まってしまった。
だけど、私の中のちっぽけだけどやけに冷静な私がこう呟いた。
『どうしてこんなことになってるんだろう』って。

応接間のカウチソファーの上で、トリスタンに組み伏せられているこの状況だけでも異常。誰かが部屋の中に入ってきたらどうしようかと気が気じゃなくて、離してもらおうと必死で押し返しているつもりなのに、トリスタンの身体はちっとも動かない。
わかってる、私とトリスタンとじゃ身体の大きさがもう違う。

こんな風に2人っきりなことだけじゃなくって、トリスタンが「伯爵令嬢のエレオノーラと侯爵令嬢のレイチェルは候補じゃない」とか「複数の候補なんて最初から立ててない」とか言う意味がわからない。
2人はきこんしゃ? きこんしゃって既婚者? 旦那様がいるってこと? 
聞かなきゃ、ちゃんとここでトリスタンに聞かなきゃ。だって聞かなくちゃわからないんだもの。

「複数の候補なんて最初から立ててないってどういうことなの?」
「最初からお前だけが王太子妃候補」
「エレオノーラもレイチェルも王太子妃候補じゃないの? 」
「違う」
「じゃあどうして私は王城に行ってまで、2人とお茶をすることになったの?」
「たまたま2人が城に居たから謁見までの場つなぎ。同年代だから話が持つと思われたんだろ」
問いかければトリスタンは答えてくれるけれど、その度に顔が近付いてくる。トリスタンの光を浴びると金色に見える琥珀色の眼の中に、誰かが映ってることに気付いた時には、柔らかいもので口を塞がれていた。

最初の少しは重ねあっていただけ。でもすぐに生温かいものに唇を舐められて、トリスタンからキスされてるんだと理解した。背中の下の方から、ぞぞぞと言葉には出来ない感覚が這い上がってくる。でもそれは嫌じゃない。瞼を閉じて、這い上がってくるその感覚に身を任せてしまいたくなるような、そんな感覚だ。
トリスタンの舌が、私の唇をこじ開けて口の中を舐めまわす。ちょっとした好奇心で、トリスタンの舌に私の舌で触れてみたら、絡めとられて深く吸いつかれた。自分の上にあるトリスタンの重さと暖かさまで好ましい。

長い長いキスが終わるころには、動かせないくらいに押さえ込まれてたはずの両腕を、私はトリスタンの首に回していた。これじゃまるで恋物語のように、想いの通じ合っている恋人同士がキスしていたみたいだ。
自分のしたことが恥ずかしくて、トリスタンの首に回していた腕は気付いてすぐにほどいた。違う、そうじゃない。私たちは想いの通じ合ってる恋人じゃなくて、政略的な関係でしかないのだと自分に言い聞かせる。私は、トリスタンととうさまの利益を繋ぐ人質なんだって。
でもどうして、トリスタンはキスをしてきたの?

「破談は撤回でいいな、シルヴィア?」
耳元でささやいたトリスタンの声が、じんわりと残っていたさっきまでの余韻に触れるから、ついコクリと頷いてしまった。自惚れに流されちゃいけないのに。

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