Lunisolar 07「指先の幻」

使者が来たのか来てないのかを探るために廊下に出てから、それなりの時間は過ぎたと思う。部屋でおとなしくしていないので、見つかったら間違いなく怒られるというドキドキした気持ちで様子を窺っているのだけれど、あまりわからない。たぶん2階の応接間に通すはずと思っていたのに、その予測は外れてしまったらしい。勝手に話し合い場所の候補にしていた2階の応接間から、話し声は聞こえなかった。
まだ来てないのかも。でもそろそろお昼の鐘が鳴る頃だろうし、とうさまは使者が朝に来ると言っていた。それならもう、来ていてもおかしくないと思うのに……

「シルヴィア」
真後ろから名前を呼ばれて、心臓が飛び出すんじゃないかと思うくらい跳ね上がった。ついに見つかってしまった……と恐る恐る振り向けばそこにはとんでもない人が立っていた。
「……何してる?」
「え、あの、び、びっくりして」
名前を呼ばれたびっくりと居るはずのないはずの人が目の前に現れたびっくりが合わさって、私は廊下にすとんと座りこんでしまったのだった。
立ち上がれないので仕方がないけど、立っているトリスタンのことを下から見上げるしかない。白っぽい金色の髪はやっぱり、おひさまの色みたいで綺麗。
「えーと、トリスタン、だよね? うん、トリスタン。……あ、ちがう。ここは王都だからトリスタンじゃなくって、えーと、えーと、で、でんか!」
しかも、うろたえるあまり、夏の離宮でだけ呼ぶのを許される名前を漏らしてしまい、ただでさえ怪しくなっている口調を整えきれていない。
「はいそう殿下ですよ。あなたが今まさに、破談にしてくれようとしているそのお相手ですよ」
ため息交じりで答えてくれたトリスタンの声には険が混じっているように聞こえた。

座り込んだ私をトリスタンが見下ろすこの構図って、嫌がるトリスタンにお願いして2人でお花を摘みに行った帰り道、摘んだ花を歩くたびにボロボロ落として、それを取りに戻ってを繰り返す私を咎めた時とすごく似ている。このままじゃ帰れないからしょうがないと言って、お花を全部持ってくれたのはトリスタンだった。何年前だっけなぁ、この話。

「立てるか?」
「大丈夫、立てるよ」
大丈夫と言ったのに、私が立ち上がるのを手助けするためにトリスタンは手を差し出してくれた。素直に手のひらに乗せればやさしく指先を握られた。トリスタンの力を借りて立ち上がりながら、また胸が早鐘を打つようだった。
あの時も、座り込んで泣いた私に呆れて、手を取って立たせてくれたのはトリスタンだった。そして離宮まで、2人で手を繋いで帰ったんだった。私の大切な思い出。

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