Lunisolar 02「くるくる緋の夢」

夏の離宮には気に入っている絵画がある。
緋色のマントを着けた若かりし頃の祖父が戴冠される様子を描いたもので、その絵が何の絵なのかを理解できる前から気に入っていた。

毎年、夏の離宮にはある少女が現れる。名前はシルヴィア。最初はどこの誰かと思ったが、近くに夏用の屋敷を持つ貴族なんだそうだ。勉強が進んで、この直轄地と隣接する領地を持つ貴族が誰なのかがわかったら、どこの誰なのかもすぐにわかった。
彼女は夏の離宮のある直轄地と隣国の間に位置し、隣国から王都へ抜ける河のある要衝地を領地に持つレムスター公爵の娘。
王都にいることもあるらしいが、シルヴィアと会うのは夏の離宮だけだ。俺が出席するような式典や舞踏会も同じくらいの年の子供はまだ出席しなくていいものだから、俺たちには王都で会うような理由がない。

「とてもきれいな絵ね。まるで窓から覗き見をしてるみたい」
「俺が離宮で一番気に入ってる絵だ。この、冠を授けられようとしてるおじいさまの緋色のマントが見事だろ」
シルヴィアに一番気に入っている絵を見せたのは、一緒に遊ぶようになって3年目の夏だった。いつもなら奥の奥の部屋に仕舞いこんであるこの絵をシルヴィアに見せたいからと父上に頼み込んで、侍従にわざわざ見栄えのいいところに出してもらっていた。
絵に見とれるシルヴィアの表情を見て、俺が気に入るものが褒められているというとても誇らしい気持ちになった。
「この緋色のマント、トリスタンが着ているのを見たい」
「俺は着る。そのために生まれてきたから」
目を輝かせて、今まで第一王子なんだから当たり前だろうと思ってたことを言われるとムカッときた。それじゃまるで俺が緋色のマントを着れないみたいな言い方じゃないか。
自分の言葉でムッとした俺の顔に慌てたシルヴィアが、2人の間に漂った沈黙を取り繕うとして口を開いた。
「あのねトリスタン。最近、私のためにって新しい馬がうちに来たの。私が馬に乗れるようになったら、一緒に遠乗りに行ってくれる?」
「それは来年だな。俺、もう都に戻るし」
「ちゃんと乗れるようになってるから来年ね。絶対よ」
俺の右手を両手で持って念を押すシルヴィアはかわいかったけど、はたして来年、本当に馬に乗れるようになっているかは怪しいと思った。俺と一緒に歩いてる時だって、いつも遅れるから待たされるし、手に花を抱えればぽろぽろと落として歩く。だから、馬に乗れるほど運動神経が良いとは思えなかった。

その夜、ひとつの夢を見た。
それは、黄色にオレンジ、それに茶色を白にほんの少しずつ混ぜ合わせた空に浮かぶ月の色のような髪を結い上げた女が、緋色をベースにしたドレスの裾をはためかせながら美しく回っている夢だった。その女よりも背の高い、白の手袋をはめた誰かの手を支えにして、くるりくるりと回っていた。
顔は見えなかったけれど、あの髪の色はシルヴィアの色だった。

誰かわからないあの手は誰の手だ?

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